2025/06/12 13:11


2024.07.29.

えっとー、いつだった?うーんとえっとあの時は、制作をずーっと、311の震災のあと、展示がいくつかあって、ChomoChomoを始めて、そうそうかさねさん、まだ赤ちゃんだったときで、うちの母が心配して、そうだそうだそうだった。


床に絵の具のついた2階のリビングにかさねさんに泊まってもらって、夜手巻き寿司で残った酢飯をね、おにぎりにしたから母が持って行けばって、重いからなーって私が言ってたのに、登って食べたら泣くほど美味しくて。思い出してきた思い出してきた。


白山手取川ジオパークと言えば、桑島化石壁。知らないと通り過ぎてしまうくらいのところで、車を停めてみる。

1874年(明治5年)、当時ヨーロッパで起きたジャポニズムの影響で、プロイセン政府から日本を調査するために送られたドイツ人地理学者ライン博士(J .J.Rein)。石川県に訪れた二人目の西洋人だそうで、まだ金沢では公務員が帯刀していてそばを通る度に寒気がしたとか(『ライン博士(1)ライン博士の日本観と足跡』 楠根重和)。その時の調査で白山登山し、化石があることでよく知られていたここ桑島で植物化石を採取しました。友人の古生物学者ガイラー博士(H.Th.Geyler)に託し、ガイラー博士がその化石を調べて論文にしたことから、日本にジュラ紀の化石がある!と、この大発見が注目されました。桑島化石壁はこのことから日本の地質学発祥の地と言われています。


今はこの地、もとは日本海の向こう側、大陸の端にあったことがわかっています。


遠くでかさねさんはカメラを向けていて、私はそっとあたりの景色を眺めていました。



『ライン博士(1)ライン博士の日本観と足跡』 楠根重和

J. J. ライン著「ライン博士の 1874 年日本旅行」邦訳 山 田 直 利* 矢 島 道 子**